スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

記憶と記録と経験

目に見えるものに意味づけしているのは。
個人個人の経験した記憶。

だから、他人の経験した記憶は誰にも替えることは出来ない。

だから、他人を変えようと無駄な努力をするよりも。
自分の経験した記憶を替えるか、これから経験する記憶をよいものにするか。
それをする方が効率的かもしれないですよね。
スポンサーサイト

その人の世界


自分の見たもの。
それが、世界そのものではない。

見たものを。
脳みそを通じて意味づけをしてしまうだけ。

本人が幸せであれば。
例え他の人がどう思おうと、その人自身は幸せである他ならない。
それは誰にも奪えないもの。

分離をするより、

病気となんて、付き合うよりも離れたいものですよね。

でも、一生涯を共にしないとならん時は。

嫌じゃ!と考えるよりも。
それも自分の一部と認めるほうが楽なのかもしれないですね。

これって、スピ系な話しとおんなじに思えます。

ある事象があって、これは私が引き寄せたんじゃないわ!とか。
完璧拒否すると、すんごい追いかけてきますよね。

諦めて、受け入れようとすると、何だか進行が止まったりする。
で、プチッと切れて、逆に向かうと。反対に相手が逃げる(笑)

逃げるのも追いかけるのも、不必要なエネルギーを発するだけだから。
相手をしないで、ただそこにソレが居ると思うだけ(無視してしまう)のほうが楽なんでしょうね。
無理に統合しようとしなくても、結局はそこに居るというのを認めてしまえば。
それだけでよいのかもしれないですよね。

小さい子と同じで、認めてもらえればそれで納得するというのか。

人の思考というのは。

小さい時に学ぶので、ある意味、後天的なものでもあるらしい。
(しかも大人になってから治すことが出来ないとかorz…)

なので。
否定的な考えの中で育ってしまった人は。
自分はそういうもんなのだと、開き直ってしまったほうが。
生きやすいかもしれないですよね。


病気と上手に付き合う、みたいな感覚で。

選択肢

昔は無い中から選ぶので楽だった。
(でも、多くのものから選びたいという欲求が生まれた)

今は、有り余る中から選ぶようになった。
有り過ぎるので、ある意味苦痛…。
本当に贅沢な思考ですよね。

人は便利さを求めて進化しているのに。
何だか便利を求めてそれが実現するほどに、不自由になっているような気もします。

人間というのは、面白い生き物ですよね。

逃げるか選ぶか

昔と違って、様々な要素・要因・物など溢れている現代。
自分の許容量を超える現代。

自分でなんでもやろうなんて、土台無理なお話しです。

逃げるが勝ち!とも云いますが。
結局は。
というより現代は。

逃げるしか選べないのかもしれないですね。

逃げるという考え方が嫌ならば。
自分で選んだものだけを持つ!他は知らない!
ばっさり切ってみる。

これって結構いいかもです。

逃げてはいけない!

逃げるな。
という考え方の時代は。

自分に責任という存在を、きっちり思い知らせるためもあったのでしょうか。

逃げなくて立ち向かった先に。
達成感とか、君主に対する忠誠とか、まぁ、色々。

自立するのに大切な精神的な考えだったのでしょうかね。


とはいえ。
『三十六計逃げるに如かず』という教えもあるのだから。
何でも引き際とか、そういうのも併せ持つ能力というのか。
柔軟な考え方が大切なのでしょうねぇ。
でも、これって中国の言葉なんですよね。

日本人は、潔し!のお国柄になってから。
自ら引き際を決めるのがよし!だったので。
逃げるのは卑怯者の烙印になっていたんですよね。
でも、ハラキリも、逃げにならないものかなぁ?と思ってしまうんですがね。

嫌なものから逃げる!

昔の考え方だと、逃げてはいけない!
今の考え方だと、逃げちゃえ!


どっちも正しいんでしょうけれどね。

正義とかの考えとも同じですが。
こういうのって、時代背景とかあるんでしょうね。


そもそも、逃げるとう能力は。
基本的に生き物全てに与えられた本能のようなものなのだから。

逃げるっていうのは正しいんでしょうねぇ。

逃げるな!と最初に云ったのって、誰(人?動物?)なんでしょうかね?

逃げるために戦うのは有りだと思うのですが。

嫌なものって


そういえば。
嫌なものって、何で嫌なんでしょうかね?
例えば、他人にされる嫌なもの(こと)。

自分に相容れないものだから?
自分が理解出来ないものだから?


自分にとって(とりあえずは)居心地がよいという場所に。
他人が入ってくるというストレス。
=変化をするのが嫌!ってことなんでしょうかね?

慣れが生じる癖なのかもしれないですね~。

変化の好きな人にとっては。
他人(変化)はウエルカムなんでしょうが。


安定する=安心。
という意味では、変化を望まないのは自然なんでしょうけれど。

農耕民族的な人は変化を好まなくて。
狩猟民族的な人は変化を好むのかしら?

痛み

恐れと同じカテゴリーになると思うのですが。
痛みも、無くなってほしい!と望む事の筆頭ですよね?

痛いのって苦痛ですよね。
すんごい痛みを感じた時。
なければいいのに!って。
思いますよね。

でも、痛みがあるからこそ、悪い所がわかるというもの。
治療が早ければ早いほど、それ以上悪化することなく治りも早く済みますよね。

子供が転んだ時も、痛みがあるから次は気を付けよう。
と学んでいきますよね。

嫌だなぁ、と思うものが。
生き物にとって、一番大切なモノなのかもしれないですね。

恐れ

ネットサーフィンをしていた時に。
(恐れがあると自由になれないので)『恐れを取り除きます』
というのがありました。

以前の私なら簡単に。
そうそう!と飛びついたと思うのですが(^^;)


シータを習った時に云われたのを思い出しました。
恐れは本能の一部であり、自己防衛のためにあるもの。
生き物であれば、みな一様に持っているもの。
恐れを全部取り除いてしまっては、自分に危険が迫った時に逃げる事が出来ない。
(恐れる事が出来なければ。自らが今危険な状態にいるというのが理解出来ないから)
そんな事を云われたような。


だから恐れが起きるのは、一緒の自己防衛センサーがきっちりと働いているということ。
感謝しないといけませんよね。

暑さ寒さも彼岸まで

来月の今頃がお彼岸ですね。

とはいえ、彼岸過ぎても暑そうですよね。
(さすがに熱い、は無くなっている事と思いたいですが)

ご先祖さんも、お墓でオチオチ寝てられないから、アチコチに出てくるかもしれませんね。


そうそう、日本でも、雨を降らす装置というのがあるんですね。
果たして、降らせる事が出来たのだろうか?

微妙

願い事が叶うノートとか、書くと叶うとか。
色々な簡単ワークがありますよね。
私も浄化やら何やらをやりつつ、色々とやってきています。

ふと思ったのですが。

確か、に。叶って、は、いる。
の、です、よね。
確かに。


但し。



何だかビミョーなんですよね。
願いとしては、叶っているという意味では、正しいのでしょう。
望む知り合いも増えましたし、そういう機会も得られましたし。


しかし、絶妙に微妙……。


掘り下げていって、天使さん達に聞いてみて。


原因が何となくわかったような気がします。
とりあえずは実践。
言葉にはうまく出来ないので。

大きな願い事が叶ったら、それを合わせて書けたらいいなと思っております。

集中力

これだけ暑いと、集中力って欠けますよね。

でも、本来。
集中力って、生きる上ではあんまり必要が無いモノだったかもしれないんですよね。

なぜならば。


一個の事に集中すると。
外敵にやられてしまうから。


例えば、羊が一心に草を食べていたとして。
例えば、そこにオオカミがやってきたとして。

羊がオオカミに気づけなければ、即やられてしまいますよね。

だから、一点に集中するというのは、合理的ではない、のかもしれない。

神経を張り巡らして、周りを見る。
それが生き物にとっては普通の生き方なのかもしれないですよね。

人間って、どれだけ違った方向へと道を歩んでいるんでしょうかね?


お盆

お盆の定義は諸説様々ですが。
全国的にお盆と云われているのは、今くらいの時期でしょうか。


宗教的・環境的な観点から違うのでしょうが。

日本の死者をお迎えする行事というのは。
なんとも物寂しいように感じます。

まぁ、地獄の釜が開くぞ!というようなイメージも無くもないけれども。
しかも、この猛暑!
しみじみするのが出来なそうな気もします。
何だかハロウィーンを想像してしまいます。

大雑把な所、死者に対するイメージは、東洋も西洋も変わらないものなのでしょうか?
いや、宗教観点からすると、かなり違うんですよね。

豊かさ

本当の豊かさって、何なのでしょうかね?

物があると豊である?
物がなくても豊といえる?


いつの時代も。
自分が自分のために使える時間が、豊かさの象徴のように思えたりもします。


衣食住揃って礼節を知る。
ではないですが。

人が生きる上で最低限のものがそろった時。
豊かさというのが生まれるのかもしれないですね。

田園風景

日本でも、最近は田舎暮らしが流行りつつありますよね。
西洋諸国では、田園暮らしが豊かさの象徴のような所もあって、あえて不便そうに思える田園に移住する人も少なくないとか。

そういって、自然が守られていくのかもしれないですよね。
「こんな素敵な土地に住めるのだから、私はとても幸せです」
そう云っていた人の笑顔が忘れられません。


目には見えない豊かさ。
物質ではない豊かさ。

物質的に満たされると、今度は心を満たそうとして。
自然に戻ろうとするのでしょうかね?

生活と娯楽

昔は一瞬で終わってしまうような花火など、何の価値があるのかな?
と思うくらい、そういうものに興味はありませんでした。
そう思おうとしていた、とも云えますが。

心と体の関係を知った今。
どうしてそういう一瞬で終わるものに価値があるのか。
そういうのが必要なのか、わかるような気がします。


歴史ものや旅行ものを見ていると。
祈りの対象としてのお祭りも、生きるための支えであったりと。
生活に密着していて、それが生きる目的にもなったりと。

それがあるから人生を楽しめるという

何も無くても、人というのは。
そこかしこにある何かを
娯楽が沢山溢れている人達には味わえない豊かさ。

物がありふれてしまった現代では、中々そいう心の豊かさを経験出来る機会は少ないのかもしれないですよね。

だから田舎に憧れるのかもしれませんね。

花火大会

震災の影響により、花火大会が減ったとか。
そしてまた最近は増えてきた(元に戻りつつある)とか。

しかし以前のようにはまだほど遠いみたいですね。
開催する資金が足りないからと、席を販売したり、寄付を募ったりと。
色々な企画がなされているようです。

そういう企画をしてまで花火をあげようとする姿勢には感動を覚えます。


気分がふさぐと、体にまで影響してきてしまいます。
心の平安を保つためにも、こういう企画は続けてほしいですね。

猛暑日と飲料水

猛暑日が続くから、熱中症対策として水分補給をしましょう!
とアチコチで云われてますが。

これも落とし穴があるそうで。

あんまりに冷たい飲み物を補給すると。
かえって逆効果になったりするとか。
(若い分には平気なのだろうけれども)


体はきちんと知っているのでしょうかね?
コンビニでは、常温保存している飲料が売れているとか。
しかも、リクエストまであったとか。
体のためには、熱すぎず、冷たすぎず。が一番なのですね。


あんまり水分だけを補給していると。
血中濃度が下がってしまいますので、その点もお気を付けくださいませ。

糖分有り過ぎ飲料も、よし悪しですし。
難しいもんですね。

猛暑日続く!?

そんな言葉を聞いただけでグッタリしそうです。
ニュースなどでは、お盆過ぎの20日頃まで。
猛暑日が全国的に続くとか云ってますね。

8月7日。
暦の上では「立秋」
「秋」とついているのにしかし。
この日が暑さのピーク時だとか?!

暦の意味合いだと、今日が一番暑いんだよ!ということで、正しいと云われますが。
心情的には、秋とついているので、今日から涼しくなるのでは?
とか思ってしまいます。

まぁ、8月7日が秋の始まり!ということで、頂点にいる。
翌日から、頂点から下がって、秋へ向かってまっしぐら!
って感じなんでしょうかね。

天体的にいえば、まぁ、理にかなった言葉なのかもしれませんが。
(体感は人間がするものだし)

旧暦の七夕ももうすぐ近し。
お盆と一緒に七夕祭りをする地域もあるのでしょうね。

夜空に咲く花

最近、アチコチで花火の音が聞こえてきます。

しかし。
音はすれども、姿は見えず・・・。


疲れ切った体を引っ張り、電車を待っている時。
「ドドーン!」って。
物凄い音がするから、最初は何が起きたのか!?
とビックリしましたが。

最近は慣れてきたのか、音がすると、花火かぁ・・・。と。



夜空に広がる一瞬の花
情緒がありますよね。

八月ですね

早いもので、もう八月

毎日暑いですね。
半期&お盆前&色々勉強で、忙しいのなんの。orz・・・。

そんなこんなですが。
ウナギをごちそうになりました
(値段は知らないですが。このご時世、かなり高いのではなかろうか?)

うなぎ。絶滅危惧種になるとかなんとか。
だからか、今の内に食べなきゃ!という客が多いのか?
凄い人でした。


平賀源内がキャッチコピーを作らなきゃ、土用の丑の日など無かったのかなぁ?
と、そんな事を思いつつ。

タイムパラドックスじゃないけれど。
もし、平賀源内が江戸に居なかったら・・・。
うなぎ屋がこんなに沢山あったのだろうか?
こんなに貴重品でありえたのだろうか?

ほんの小さい事が、未来にこんな大きな出来事になっているというのは凄いものです。

日々の出来事も。
ほんの小さい出来事が、積りに積もって、大きな未来になってしまうのかもしれないですよね。
怖い、怖い。

物語の結末

最近読む本は。
夢オチとか、そういうのが無くて最後まで読みやすいです

しかも。
あっと驚くひっくり返しもそこかしこにあって、最後まで読まないと騙されます




人生も、そんな風になっているのかもしれないですよね。

山あり谷あり。
本は読んでいると楽しいのに。
いざ、自分が主役の、人生という本の当事者になると。

あんだけ焦るのでしょうかね?



天に帰る時。
魂になった時。

何だか自分の人生が夢オチで終わった、というのがありそうで怖いです
カウンター
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。