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知っている人は、知っているお話しですが。

某、大手企業の話しです(しかもうろ覚え・・・)

そこの社長さん。
「クレームは宝の山だ!」と云って、社員教育やお客様相談室に物凄い力をいれていたんです。
(今もだろうけれど(^^;))

客のクレーム対応に、電話で終わらなければ、社員が即出向く。
で。
出向いた先で、そのクレームがどう起きているか実証してもらうんです。

客に実証してもらうんですね。
(会社で同じ事をしよう、としない所が凄いです!再現は出来ないでしょうから)

どういう使い方をしているのか、実際に目で見て確かめられる。
どういう不具合が起きるか、研究段階ではわからなかった盲点を見せてもらえる。

そうなんですよ。
商品の使い方って、意外な使われ方って結構されるんですよね。

自分達が開発した時に気付かなかった事。
そんなのを含めて説明をしてもらうんです。
それを、なんと「タダ」で、見せてもらえるんです。
こんな有難い事はない。

しかし、これはクレームの対応。
問題解決をしないとなりません。


社員は考えます。
そして、行動します。
(頭の柔らかい社員でないと、対応が難しいかも(^^;))


こういう取扱いをしてください。
と簡単に直る事もあれば。

会社が本当に見落としていた事もあり、「申し訳ありません!」だったり。

そして、
見落としていた部分に対しては、即対応、商品改良・新商品に繋げていくんだそうです。


大抵の客は、直ろうが直るまいが。
即対応と必死に対応する社員(会社)に満足をするのだそうです。

それが信頼につながり、またこの会社から買い物をしよう。となる。

会社としては、自分達が気づかない「負」の部分を教えてもらえるので、これまたラッキーなんですよね。
製作当初は気づきもしない事なんて、沢山あるのですから。
実際の声を拾えるというのは、どんなに凄い事か。

だって、クレームなんて面倒な事、あなたはします?
使ってみて、こんなもんだ。とあきらめて使っている。
もしくは、もう使わないわ。
となりますよね?

クレームのお客さんは、そういう諦めたお客さんの代弁者。
云ってくれる方がありがたいですよね。
こんなに自社製品を考えてくれているんだ!って。

商品改良の余地が出来、未来につながる。
WIN & WIN で、誰も損してないんですよね。
(クレームでキツク当たられるのは、・・・、ですが。
きつく当たる根本って。
それだけ相手を信用しているからなんですよね。
信用している分、その信用を裏切られた落胆が大きいというのか)



で、実際クレームの意見を取り入れ、改良したならば。
爆発的に売れたとか。

*****

だらだら書いて。
何が云いたいのかといえば。

このクレームって、自分の身に起きている事に似てない?
って思ったわけです。

自分の身(上記で例えるなら、自分=会社でしょうか)に不具合が起きました。
クレーム発生!
どうする?????

相手(問題)はかなり起こっています(怒っている?)!!!
(逃げたい!!!でも、仕事です。逃げちゃダメなんです)

その問題に向けて、雇われ社員であるあなたが出動!

何が問題か?
他はどうか?
相手に状況を聞いて(第三者の立場をとり)、対応策を考える。

それでも問題が治まらなかったら、相手の意見を尊重して、取り入れて、生かす事を考える。
などなど。

真摯に取り組む事で、相手(問題)は、こんなに真剣に考えてくれるんだ。
と、思ってしまうんです。
うまくいけば、お茶とお茶菓子まで出してくれるかもしれません。
「あんたも頑張っているんだね・・・」と折れてくれるかもしれません。

そうする事で、相手(問題)は、あなたを一層信頼してくれるし、自分も満足のいく答えを得られる。

すごい味方になってくれそうですよね。
可愛さ余って、憎さ百倍。を
憎さ余って、可愛さ百倍。にする事が出来るかもしれない。

上手く改良出来たならば。
物凄い人生うまく回りそうですよね。

クレームは、宝。なんですよね。
でも、対応するのは・・・。

自分に向けての対応は、誰に知られる事も無し。
今まで自分と向き合えてなかったのであれば。

ここらでトコトン向き合うのも、よい機会なのかもしれません。
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言葉が

”Dis-moi ce que tu manges,
je te dirai qui tu es”


『あなたがいつも食べているものはなんでしょう?
それを聞けばあなたがわかります』

Jean Anthelme Brillat-Savarin
(ブリア・サヴァラン)

19世紀のフランスの美食家だとか。

岩波文庫「美味礼讃」より


↑↑↑

昨日書いた、私が見た文章の元なのかな?

何を重ねる?

「毎日が人生の積み重ね。
だから毎日を、その時を、その瞬間を生きないと」

というような事を云われても。
(="=*)う~ん。
でした。

云わんとする事は。
何となくわかりますよ?
えぇ、何となく。


でもね・・・。
(="=*)う~ん。
難しい・・・。

そうしたら、こんな言葉が沢山降ってきましたよ。
本当に、アチコトから同じような言葉が(笑)

私は食べ物の喩え話しが一番わかりやすいのかなぁ?


その中で、もっともジョークが効いてた人の言葉です。

「あなたを知るには?フェイスブックを見る?
そんなのは必要無いよ!
あなたを知るのは簡単だよ!
毎日あなたが食べているものを見ればいいんだよ」

人によっては、わかりにくいかな?

そうだとしたら、一番上の「」を食べ物に変えるとわかりやすいかも。

食べる事の積み重ねが、あなたを作っている。
食べ物があなたを作っている。
単純明快でしょ?

そりゃそうでしょ。
食べ物が、細胞にエネルギーを与えているんだから。
で、体をつくっているんだから。

そういう事。
何を食べたかで、その人がわかる。
体形にしたって、思考にしたって。

あまり根拠は無いけれど。
肉を好む人は、好戦的。瞬発力がある。とか?



これは、言葉にも当てはまるよね。
どんな言葉を与えられて育つかで、その人となりが変わる。

例えば、双子。
天国言葉を与えられて育った子と、反対の言葉を与えられて育った子。
さて、どうだ?

みんな、与えられたものをどう摂取するかによって、大きく違ってきちゃう。

今更?
いえいえ、今気づいてよかったよ。
今があなたにとって、一番若い時なんだから。

気づいた今。
変えません?




パソコン、見てます?

眼をいたわってますか?

*************

(^^*) 新しいパソコンって、青い光が出るんだってね。
    スペシウム光線 >>>>>なんちて。

(*^^;) パソコンに限らず、薄型テレビとかもそうだって。

(・△・*) でもさ、青い光、見えないよね?

(* ̄△ ̄) 肉眼で見るのって、難しいと思うよ・・・。(波長考えろよ・・)

*************

で、見に行きましたよ、メガネ。

メガネ屋では、その青い光を遮断するメガネの販売で、かなり売上がよいんだとか。
青い光の弊害って、結構常識みたいだね。

進化する→どっかで不具合が出る→それを解決するものが出る→・・・。

なんだか、物事の進化って、一方通行のような気がするね(^^;)


波長がいくつか忘れましたけれどもね。
この青い光というのは、目によくない、というのはよく知られている話し。

で、何で見たか忘れたけれど、その青い光というのは。



朝目覚めた時に浴びると体内時計がリセットされる光と同等の光らしいのだ。

なので、朝パソコンを見ると、体内時計がリセットされるかもしれない、けれど。
普通、朝より夜見る人の方が多いんではなかろうか?

なので、夜、あんまりパソコンを見ると。
体内時計が狂ってしまう、らしいのね。

メガネ屋に何にももらってないけれどもさ。

薄型パソコンとか使っている人は、青い光を遮るメガネを持っていた方がいいかもしれないよ。

SFは、どこまで未来に近づいたんだろう?

昔のSF作家が書いたもの。
今の時代では当たり前のように存在するものが、かつては本の中にあった。
というより、本の中でしか存在しなかった。
今じゃ、SF作品読まなくてもいいくらい、本の中の創造物があふれている。

よく云われるのが、通信機器。
携帯電話やパソコン。
空飛ぶ車は、まだ無いけれど。
近い未来には、あり得るのかもしれない。


それらは、
作家の、想像力の成せる技なのか。
作家が、未来を見てきた人だったのか?

それとも、日本人が鉄腕アトム(二足歩行のロボット)に憧れるように。
現代の人の努力のたまものなのだろうか?
SF作家の作品に憧れる人の、夢の結晶だったりするのだろうか?

いつも不思議に思う。
卵が先か、鶏が先か(イギリスだかで、決着がついたとか。ニュースで見たような?)
想像が先か、物が先か。

想像があるから、進化があるのか?
想像を本物にしたいと願う人が、努力をするから成せる事なのか?





一昔前だったら考えられないくらい、時間の経過が早いと思う。

年のせい?
って、突っ込みもありそうだけれども。
(一時は、アセンションのせい?とも思ったけれども)

それもあるかもしれないけれど、でもそれだけじゃない。
想像物が、創造物になったおかげだ。


情報が駆け抜けるのが早いのだ。
しかも、その情報を、普通の人が得るのも早いのだ。
それも、簡単に。
それに、ついていかねばならない。
そんなところで、時間の経過が早いように思える。

今じゃ、ネットで簡単にある程度の世界ニュースを得る事が出来る。
場所的な時差はあるけれど、情報を得る時差は、ほとんど存在しないのではないか?

しかも、ツィッターなるものが登場したら。
ニュースにもなったけれど、一人の人が発信した情報で世界を巻き込んでの出来事にまで発展した。
時差、関係無い。

しかも!
世間に大きな影響を与えるのは、有名人だけではなく。
自分の身の回りにいる人だって、大きな影響を与える事が出来るのだ。

簡単に情報を発信出来る。
単にそれだけだったら、広まらない。

受けても大勢いるから、広まりも早い。
いつも、誰かが何かに注目しているから、広まりも早いのだ。


一昔前だったら。
今ほど、ネット環境もよくなく、通信出来る人が一部でしかなく。
テレビで情報を受け取る人の方が多かった。

広まりは、ゆっくりしていた。

だから人は今ほど、せかせかしていなかったようにも思える。


情報が、世界各地を巡り、大きなうねりとなって、
多くの人を動かす事もある。

ニュースで情報を得る=特殊な職業の人が提供。
それだけだったのが。
どこの誰でも、簡単にニュースを発信出来るのだ。

時差の無い情報を得るのは本当にありがたい。
けれども、それに振り回されて自分が見えなくなるのは・・・?


大切なものって、なんだろう?

毎日、同じ「日」ですか?

「積み重ね」

えてしてそれは、惰性。
ともいえるかも。

とりあえず。
重ねておけば、ま、いっか。って。


積み重ねたチリも、積もれば山となる・・・。

その「チリ」が「山」となっても、その「山」に使い道はあるのだろうか?



毎日毎日、同じ事の繰り返し(「山」となる、か)

朝起きる。歯を磨いたり、食事をしたり、何したりして。
家庭や学校や職場へと、自分の持ち場へと向かう。
出かけ方は様々だけれども。
・・・・・
用事を終えたら、家に戻る。
こまごました用事を済ましたら。

おやすみなさいzzzzz



毎日がそんなだと。
何も考えなくても、自動的に出来てしまう。
簡単に「チリ」が積もる。

ある意味、便利だなぁ。
人間の機械化・コンビニ化。




さてここで質問。


そんな状況に「問題」はあるだろうか?







わたくし的考えになりますがね。

よい面は?
→何も間違えを犯さない。自動的に物事を進められる。平和・平穏。
悪い面は?
→何も考えなくなってしまう・・・。狭い世界しか、知らない。それ以外の事が出来なくなる。


さて、そんな生活を送って。

死ぬ時に、どう思うだろう?
そんな毎日を送っていた「自分」を。


もったいなかった?
後悔する?
それとも、平穏無事であった事を安心する?

それは、その人にしかわからない。

今の自分が、明日死ぬと云われたら、どう思うだろう?
(私ならば。時間が無いのなら、お疲れさまだったなぁ・しか思いつかないなぁ。
したい事、するか?
いいや。絶対しないだろうなぁ。
仕事の後始末やら引き継ぎやら、マニュアル必死に残しそう・・・)




・・・・よい面・悪い面。と書いたけれど、本当は、どうでもよかったりもする。

小さい国の小さい村を見ると、そう思う。

同じ毎日を過ごしているけれど、とても幸せそうなのだ。
こんな事をした、あんな事をした。
ちょっとした、村での出来事。
それを皆で共有して、皆で皆で解決して。
苦楽を共有している。

村人全員が家族で親戚で、一つの村なのだ。
他人はいない、すべて、自分なのかもしれない。


外の世界では、物凄い事が起きている。
でも、その村では、外の世界はあまり関係無い(ように見える)

狭い村が、その村の人たちにとっては、大きな世界なのだ。

その村で起きる出来事はどれも大した事ではない。
皆、知り合いなのだから、変な事件が起こる事はマレ。

毎日の生活が、ちょっとの変化が、大きな楽しい事件なのだ。
子供が生まれた、反対に長寿を全うした。
大きな収穫が出来た。出来なかった。

そんな自然とともに生きる毎日。
自然の流れ以外の変化は無い。

でも、皆口々に「幸せだ」と云っている。
(何を持って、「幸せ」というのだろう?その基準は?と常々考えてしまう)

変わる事が絶対か?
変わらない事が絶対か?

村人からしたら、「変わらない事が幸せ」かもしれない。
だったら変わらない方がよいのか?

さて、どうだろう?



どうしょうもなく、今の苦しい状況から逃れたい。
そんな人にしたら、どうにかして「変わる」事が、幸せへの道かもしれない。

村人からしたら、「変わる」意味がわからないかもしれない。
苦痛から逃れたい人からしたら「変わらない」の意味がわからないかもしれない。

選ぶのは「自分」




あなたは「幸せ」ですか?

それは、変わらないから「幸せ」ですか?
それは、変わると「幸せ」を掴めると思っていますか?





その場にいる自分が、どれだけ幸せなのか?
そんな事は、「自分」しか「わからない」


惑わされない「自分を持つ」
一番大切なのは、そういう事なんだろうな。




ぱんだ・ぱんだ

所用あって、東京上野に行きましたが。

ぱんだ

どこもかしこも、パンダだらけ。


ところにより、ツタンカーメンもいましたが。
そちらは写真が撮れず・・・



すずな

聴いたり、歌ったり♪

ネタがわかる人いるかな?


音楽って、いいですね♪
って、いきなりですが (^^;*)
最近、特に思います。

自分の持っている「声」
それだけで癒しになるのですから。

そこに。歌という、メロディーに乗せた言葉があると最強ですね。

歌う事で、自分の感情発散もあれば。
聞かせる事で、他人の癒しにだってなる。


先日行った癒しフェアでも、色々な「音」が流れていました。
歌い手さんの「歌」
クリスタルボールの「音色」
そして何より。
売り手と買い手の楽しげな「声」
その「声」も。
聞きようによっては「歌」みたいです。

鳥の声を「歌声」と云うくらいですから。
人の声も「歌声」に聞こえたって不思議ではないはずですよね。



実は私。
小さい頃。
歌が大っ嫌いでした(笑)

というか、嫌いになろうとしていたのかな?

小さい頃から、娯楽という類はほぼ禁止で。
自分のしたい事・面白そうな事は、完璧禁止でした。
なので。
嫌いになる事で、私はバランスを取っていたのかもしれないですね (^^;*)

イソップ童話の『すっぱいぶどう』(という名前か?)です。
なので。
私には「嫌い」がとっても多いです(笑)

「好き」がわかるのは「嫌い」がある。
よく云われるコインの法則。
だから「嫌い」があるから「好き」がわかる。


ここ数年。
ようやく、自分と向き合えて。
自分を取り戻すかのように、自分の「嫌い」だった「してみたい事」をしています。

「嫌い」が、本当の意味で「嫌い」なのか。
それとも「好き」なのか。

それがわからないっていうのも、ある意味凄いかも・・・。

色々な感情や体験を取り戻すかのように。
色々と目にして。
とりあえず行動してみて。

石の上にも三年。
というくらいだから。
ちょっとやって、わかった気になって、やめてしまう。のは勿体ない。
でも、やりたい事は沢山ある。

とりあえずは、感情が「快」を向いているものを色々しています♪


あなたの「嫌い」は、もしかしたら「好き」の裏返しかもしれないですよ。
少しでも気になるのなら。
手を伸ばしてみるのも、手かもしれないですね♪

寝不足

あさがお


夏真っ盛りですね。

そんな暑い中。
中々眠れないという人も多いのでは・・・。


先日、こんなお話しを見ました。


寝不足の人達は、恐怖に対し、過剰反応するそうです・・・。

「不快な刺激に対する過剰反応」

「うつ病の準備状態という脳の反応」


眠る事で、恐怖心が取れるなら。

少しでも、寝ましょうね。




と、書きましたが。
こんなのも目にしました。

寝る前に。
恐怖を思って、寝ようとすると。

中々寝れない・・・。

よくありますよね。


何故寝れないのか?



ちょっと、話しは変わりますが。

勉強した後の記憶定着として。
勉強したら寝ろ!とよくいいますよね?

寝る事で、記憶が定着する(覚える)



さて、話しは戻りまして。

寝る前に、恐怖を思って寝たら?


恐怖が定着されてしまいますよね。
朝の目覚めって、・・・。
結構どんよりしますよね?


だから、本能的に恐怖を思うと寝れない、らしい。
人間の体って、よく出来てますよね。


で、寝れない。

寝不足になって、不安が増す・・・。

人間の体って・・・。
本当に、うまく出来ているのか、出来ていないのか・・・。

何だか変なループにはまってしまうと。
でも、それも自分を守るための、体の知恵。


だったらどうすればいいのか?
答えは簡単だけれど。
はまっちゃっている人は、実行するのが結構難しかったりもする。


スピ系で、よく、
「寝る前は、楽しい事を考える!」
と云いますが。

学術的にも、
「寝る前に、楽しい事を考えて寝る」
というのは、体的によい事らしいです。


精神的にも、肉体的にも、「楽しい」を考えるのは、よい事らしいですから。
なので。寝る前には、
「楽しい」
を考えて寝ましょうね♪


寝る努力。
というのは嫌だけれど。

楽しい事を考える。

その努力はしてみても、損は無いはず。


せめて、寝る時間くらいは。

自分の心を解放させてもよいですよね。

よい夢を♪






選択

選択。


今の自分は、過去の自分が選んだ選択の結果と云う。

過去、それは信じられなかった。


「こういう辛い経験があったからこそ、今の自分がいます!」

そう云える人は『特別な人』だと思っていた。


実際、立派な人って、そう云っている人が多いし。
実際、そういう人を自分の目でも、多く見てきた。

誰にでも、そんな風に、幸運の逆転劇が起きるとは思えなかった。


自分は。
単に、運が悪い。
単に、他人が悪い。
自分は悪くない。
そう思っていた。

選ぶのは自分だけれど、それを故意に選ばされていたと、思った事もあった。

でも。
結局、選んじゃったのは、自分で。
選んだ事をしなければならないのも。
結局、自分でしかなく・・・。


やりたくなければやらなきゃいいのに。
放棄する自由もあるのに。
まじめな自分が憎たらしい(笑)


どこにいても。
最終的にそこにいるのは、『自分』だけでしかなかった。

そこには、他人はいなかった。

キャンドル

毎日暑いですね。

スポンジ2

(*^^) ケーキを作ってみましたよ♪

(^^;*) 夏らしいもののほうが・・・。

(*><) いいじゃん、ケーキ好きなんだから!

癒しフェア

癒しフェアに行ってきました(^^*)

結構な人出でした。

癒しフェア


私が癒しフェアを知ったのは数年前。


ある占い師のところへ行ったのが最初でした。
チケットをいただいて行ったのが始まりでした。

毎年行くたび、大きくなっているような気がします。
そして、知り合いが増えていっている気がします(^^*)

みなさん、心が大きくて、おおらかで。
お話しするだけで癒されます♪

こんなワークはいかが?

今日、ふと思った事を書きます(^^*)

誰かの役に立つのかな?


なぜか知らないけれど、どうしても、この人が怖い・・・。
という事がありませんか?

こんなワークもあるので、試してください(^^*)
合う人、合わない人がいると思いますが。
私は結構、効きましたv


例えば。を使いますね。


Aさんには普通に話せる。
しかし。
Bさんとは、何でか緊張して話せない・・・。

焦るほど、Bさんと話すのが話しにくくなる・・・。


そういう時は。
時間のある時にでも考えてみてください。


普通に話せるAさんを、 私がどう思っているのか?
緊張してしまうBさんを、私がどう思っているのか?

を、まず考えてみてください。



例えば、こんな答え。
Aさんは、自分と同じくらいの立ち位置。安心する。
Bさんは、自分より、大きな存在。不安を感じる。

そんな風に、同じ人間なのに、自分の意識がAさんとBさんで違います。
(ここでは、その理由は考えませんのであしからず)


では、どうするか?

大きく見えているのならば、小さくしてしまえばいいんです!

以上。

『・・・はぁ?????』

って聞こえそうですが・・・。

大雑把すぎですよね。
では。続けましょうか(^^;*)


イメージの中で、Bさんと向き合ってくださいね。
苦手でも、そこは踏ん張ってください。

そして。

その目の前にいる、(例えば)デカイBさんを。
どんどんと小さくしていってください。

青い猫型ロボットが持ってましたよね。
「スモールライト」
あんな道具を想像してもよいかと思います。

光を当てて、小さくしていってください。
自分が怖くなくなる大きさまでに。

Bさんとは、ずっと向き合ってくださいね。

自分がいて、Bさんがいる。

自分より小さいBさん。
怖くないですよね?

怖いのであれば、怖くなくなるまで、小さくしていってください。

そんな風に、Bさんは怖くない!
と思えるまで、続けてみてください。


そして、小さくなったBさんが怖くなくなったら。
徐々にBさんを大きくしていってください。

自分と対等になるまで、Bさんを大きくしていってください。

そこまでこれて、恐怖心が無くなったら。

とりあえず、終了です。



私は結構効きました。



これをしていて。
昔話を思い出しました。
題名は忘れましたが・・・・。
確か、ザックリこんな話しだったような?

寺の小坊主が鬼に追いかけられて、和尚さんのところに逃げ込みました。
和尚さんは小坊主をかくまると、鬼は和尚さんに向かって小坊主をどこにやったか尋ねます。
もちろん、和尚さんは知らんぷり(笑)
そうこうしている内に、鬼に向かって、問答(?)を始めた(ような?)

大きくなれるか?そう、鬼に問うと。
鬼は力を見せつけるために、和尚さんの云うように、大きくなりました。
和尚さんは、小さくなれるか?と問うと。
馬鹿にするな!と云わんばかりに、鬼は小さくなりました。
もっと小さくなれんのか?とさらに和尚さんは畳み掛けます(笑)

鬼は和尚さんの云うように、どんどんと小さくなっていきます。
和尚さんは、これはたまげた!恐ろしい!とか云いながら。
鬼を餅にくるんで食べてしまう・・・・。

最後は何だかとってもシュール・・。
というか。
和尚さんは胃を壊さなかったのか!と小さいながらに思った憶えがある・・・。


この和尚さんのように。
食べてしまえ!までは行き過ぎかと思いますが。
イメージで、何でか知らない内に、大きくしてしまったのであれば。

一度リセットするのも「手」だと思います!

同じ大きさに持っていくのは。
自分と対等である。
という認識を、自分の心に刻むためです!

小さいままでもよいのですが。
バランスを考えるのであれば。
出来れば、対等に。まで持ってこれればいいと思います。

相手=自分。であるならば。

占い

西洋占星術が学術的であるのは、天文学でも知られている。

昔から、西洋・東洋問わず、似たような事が「学問」として成り立っている。
だから、神秘性もあるけれど、学問としても成立しているのかもしれない。


反対に。
タロットやリーディングなど。
これは、インスピレーションに基づいている。

こちらはどちらかと云えば。
魔術的(理解できないもの)として扱われるから、昔から恐怖の対象でもあるかもしれない。
だから、倦厭されたりもする。
怖いもの見たさはあるけれどもね。

でも、こっちも。
ある意味、学術的に、公に出る部分の多くは歴史として研究されていたりもする。


リーディングなどは。

潜在意識が高まれば高まるほど、降りてくるものが増えると聞く。

本来、そんな道具が無くても、わかる人はわかる(インスピレーション)が出てくるというけれど。

生きている上で、体験や経験が少ない人にとったら。
それに、このイメージは自分が考えた事?と思う人にとったら。

インスピレーションがわいても、それをうまく言葉に出来ない事もある。

そういう人にとっては、カードなど、道具を使うのは有用なんだろうな。
だから、こんなに沢山の種類のカードがあり、使う人がいるんだろうな。

私も、カードを使う時には、そういう意味で助けられている。


近い人を見る時は、どうしてもフィルターが沢山増えてしまうので、見えにくくなる事はあるけれど。
そういう時は、結構、直接的なメッセージをもらえる。
(Yes.とか、必要な物を示してくれたり。
嬉しいところで、結婚やおめでたをカードに教えてもらった事もある。
これには、私よりも占った相手にびっくりされたりして(笑))

とはいえ、身近な人に対しては。
西洋占星術の方が使いやすいかもしれない(笑)

知らない人を見る時は。
フィルターが少ない分、カードからのイメージは、素直に言葉が出てくる。

本当に、面白いものだ。


私の一番好きなのが、エンジェルカード。

本当にびっくりするくらい。
一番ほしい言葉をもらえる。

天使は本当に、私達のそばにいてくれて、応援してくれる、というのがよくわかる(^^*)

占い

とはいえ。
だからこそ?

占いにはまって、色々と手を出しました(笑)

見てもらう。
から、自分で学んで、自分で見る。
という風に進化(?)

手を出したのって。
多くの人が、はまるようなものばっかり。

血液型から始まり、手相、顔相。
西洋占星術や、タロット。
パワーストーンやら、ほんのちょっと、ルーン。
エンジェルリーディング。
他にも色々。


使わないと、感覚を忘れてしまう・・。



人を見るのに一番適しているのが、西洋占星術だった気がします。
思考が入る事が少ないから。
人の基本的な性格は、12星座で何となく。

12星座で見ても、ちょっと違うな?
と思える場合は。
裏(月)が多く出ていたり。
違った要因が込み合っていたり。
こういう位置関係だからそうなのか?
とか、詳しく見れば見るほど、その人の内面までが見えてくる。
ちょっと怖くなった。


西洋占星術・相など、ある意味、数学的。
だから面白かった。

何が数学的?と言われれば。

統計、という意味で。
なので、当たる。
というより、その傾向がありますよ。
なんでしょうね。

統計。
なので。
外れ値もあります(笑)



サンプルは少ないので、賛否両論ありますが。
血液型占いというのも面白かった。

血液型は、あまり信憑性が無いと言われますけれど。
どうなんでしょうね?

これも思い込みがあるかもしれないけれど。

でも。面白い事実もある。
血液型占いは、外国ではほとんど無いらしい。

なぜなら?

外国の地域にもよるかもしれないけれど。
日本のように、四つの血液型がバランスよく(?)なっている国は珍しいと聞いた事がある。
だから、日本では発展した。ともいえる。

そうなんですよ。
国によっては、かなり血液に偏りがある。らしいんですよ。

例えば、日本で一番多い「A型」が、全く無い国もあるとか。
そりゃ、流行らない訳でしょう(笑)
あなたも私も、同じ血液型、じゃ。

それどころか、占いがメジャーじゃない国もあるし。

でもね、だからこそ。
その国は、この血液型ばっか、というのを見れば?

結構、血液型占いも、信憑性もあるような気がするんだけれど。
どうなんでしょ?
Rh(-)(+)とか。もっと細かくしていけば、統計的信憑性も増すんでしょうが。
自分の血液型、そこまで知っている人って、かなり少ないでしょうね。


小さい頃の血液型って、変わる事がある人もいるみたいだし。
(小さい頃、わかりにくい(検査間違え)とか、本当に血液型が変かする、とか聞いた事がある)
だから、何かの時のためにも。
大人になって、きちんと検査を受けるのは有用かもしれない。


西洋占星術。
星占いとしてみれば、12?13?星座で占うもの。

血液よりは多くても、サンプルとしては、少ないですよね。


サンプルを増やすと、見えてくるのが多いのは、なんでも同じ。
化学的な生体実験もそう。
サンプル量が増えると、精密度は増す。
けれども、外れ値も結構増える。

その情報をどう見るか。
それは、研究者の経験と知識。

だから、付け焼刃ではダメだろうけれど。
だから、多くを集めて調べる必要がある。


西洋占星術は、本格的にやればやるほど、天文学を知っていたくなる。

同じ年月日で生まれても、生まれた場所で、天文の位置は違ってくる。
人の生まれた場所と時間まで見て、星の配置を見ると。
途端に、サンプルの量が増える。

サンプルが増えるほど、その信頼度は増す。
あとは、見る人の解釈次第(笑)

だから、星占いは、信じる人が多いのかな?



星占い

小さい頃。

占いといえば、星占いだった。

でも。
私は、あんまり興味が無かった(笑)



占いがよく当たる。
そんな評判になっていた友達もいたけど。

その子には一度も見てもらった事がない。

見てもらわなかった理由は何だったんだろう?



大人になって。
悩み事が増えて。
どうしようも無くなって。

占いに、はまった(笑)

当たるも八卦。当たらぬも八卦。

結局、わかったのは。
どんなに占ってもらっても。

決めるのは「自分の心」でしかない。
それが、ようやくわかった。

時間

八月ですね~(^^;*)

毎日暑い・・。
でも、夜は涼しい風が吹くようになっている。

時間の流れって。
早いような、遅いような。




時間というものは。

楽しい事をしていると短く感じて。
嫌と思う事をすると、超~長く感じる。
次の日がきてほしくない・・・。と思っても、
必ず次の日はやってくる。

誰にでも、平等というけれど。

流れ、刻まれる時は同じなのに。
感覚だけで、その長短が変わってしまう。

自分の感覚。

それは、他の全て、同じなのかもしれない。

短いも長いも。
好きも嫌いも。

全部、自分の心が作り上げるもの。

だったら、全部、好きで作り上げるのがいいんじゃないの?

最近そう思えるようになった(^^*)
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