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天使


難しく考える必要はない。
したいことは何か?
それだけだ。

どこに目を向けているのか。

目を向けるべくは自身であり、他者ではない。

今を生きているのは誰だ?
誰のために生きているのだ?
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出せばいいだけ。

毒出し方法は、人それぞれだと思うのですが。
これは一例ですが。

怒りが体内に入っていたら、怒りとして取り出し。
悲しみが体内に入っていたら、悲しみとして取り出す。

これだけ。



体内に入っている物質を出すのであるから。
体内に入っている物をそのまま出す。
結果。
体内に入っている物がそのまま出てくる。

噛み砕いて変換するのも有りですが。めんどいです。
嘔吐と同じで、そっくりそのまま出してしまえばいいんです。

怒りを怒りのまま。
悲しみは悲しみのまま。

単純な方法です。

よく云いますよね。
思いっきり怒鳴ったらスッキリした。

体内にあった毒をそっくりそのまま出しちゃったからでしょう。

そのまま体に入ったものを出してしまえばいいんです。


これやる時の注意点は。
人の居ないところでやるというのです。
でないと、単なる怒りんぼがいる!と云われてしまいますから。


「嫌なものは吐き出そう!」

毒のある食べ物とかだと、体が敏感に反応して出そうとするのに。
言葉とか、精神的なものだと、何で出ないのでしょうかね?

そこには、他人が介在するからだろうと思いますが。



では、どうやって出すのか。

簡単なのは、嫌なものを栄養に変換してしまえばいいんですよね。

食べ物と違って、思考というのは。
考え方一つで見方を変える事が出来るのですから。
ある意味、変換しやすいとは思うのですが。

でも、栄養として(負の思考を)認めるのって難しいですよね。

でも、そんな面倒な事、しなくてもいいんじゃないの?とか思った次第。
(というか、そういうメッセージが降ってきた)


ふいに降ってきた

「嫌なものは吐き出そう!」と唐突に…。




食べ物でも、ウイルスでも、何でも。
身体に入ろうとする毒に対して、吐き出そうとする機能が体にはありますよね。

それと同じで。
言葉の毒も、体内に入ろうとすると。

本来ならば、吐き出す作用があるはずなのに。
なぜか、人によっては好んで受け入れてしまっていたりするのですよね。

食べ物でも苦味(本来毒として認識されるもの)が好きな人いますから。
言葉の苦みも、受け入れる人がいても普通なのかもしれませんが。

苦いものを受け入れる。
それが大人とか云われますけれども。
でも。大人と云われる人を見たって、楽しそうには見えないですよね(偏見?)



栄養になるものであれば、体に吸収されて排泄されますが。
栄養にならないものって、体に蓄積されて、なぜか出ていかないんですよね。

無理に栄養として変換する必要は無いのでしょうが。
とりあえず、いらないものはどうにかして外に出したいものですよね。

メッセージ

でも何でしょうかね?

気づいたのなら大丈夫よ♪
と今日はそんなメッセージをいただきました。
(かなり個人的な事なので詳しく書けませんが…)

まったくおもしろいものです。
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